むかしむかしの神話に、火の神様に恋をした、「ソワカ」という名の天女さまがいるそうです。


コーヒーの生豆を煎って焙煎豆にするのがわれれの大切な仕事。


いつも炎を見つめながら、火と対峙したり、火に珈琲豆たちをゆだねたりしながら焙煎しています。


そこで、火の神さまを恋する天女「ソワカ」より名前をお借りして、「ソワカのカフェ」「ソワカフェ」といたしました。


火に敬意をはらうことを忘れないようにしながら、香味高い珈琲豆を作る作業を続けてまいります。




























■「sowacafe」 は、 「sowaka's_cafe」 の短縮形なんです。 真岡の陶芸家の上野さんが名づけてしてくれました。


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  ★★★★★★_ 私の理解したことの要約_★★★★★★  (2/27_2011_現在)
  間違い、一般的でない、確認したほうが良いことなどあったらどうか教えてください。


- 「言語」と「文字」は一般に別物。いろんな組み合わせがある。

- 「サンスクリット」は、「言語」の一種。宗教(例:ヒンドゥー教・仏教)・学術・文学等の分野で幅広く長い期間使われてきた。「文字」の成立する以前より使われている。紀元前1500年頃にリグ・ヴェーダに用いられた。以来、文字化されるまで長らく口承された。(その証拠、根拠は未調査。文字の記録がないのにどうやって調査できたのか謎なんです。)

- 現代一般にPC上で表記に使っているインド系フォントは、「デーヴァナーガリー」って言う「文字」。現代インド国が制定している公用語の内、一番目に来る「ヒンディー語」って言う「言語」を表記するときは主に使われている。現代、PC上や印刷物などで、「サンスクリット」って言う「言語」を表記するのにこの「文字」を使うことが多い。

- 日本のお寺で(石塔、塔婆などに)よく使っているのは、「シッダマートリカー」って言う「文字」。この文字で「サンスクリット」って言う「言語」を表記している。

★てーことは、【sowaka(アルファベット、正確にはラテン文字)】【そわか(ひらがな)】【ソワカ(カタカナ)】【薩婆訶(漢字)】【स्वाहा(デーヴァナーガリー文字)】、、、これらはすべて同列。表そうとしている「ことば(言語)」は「サンスクリット語」であり同一。どれが正しいとか言うもんじゃない。みんな正しい。 

☆じゃあこれらの表現している「ことば(言語)」とその「意味」は、、、(つづく)

★ところで、本当の本当に「サンスクリット語」がsowakaの由来なのかどうか、って言うのは別問題。例えば、釈迦の時代、一般に日常の生活において用いられていた「言葉」は「サンスクリット語」ではない。「地方口語」(「プラークリット」と呼ばれる。「パーリ語」など)が一般に用いられていた。(根拠未調査)


■ とりあえず、「sowaka」は、「火の神アグニに恋をした天女の名前」、との仮説を採用しておきます。「マハ-バーラタ」と言う古代インドの叙事詩にそのよう書いてあるらしいです。


  ★★★★★★私の理解したことの要約_おわり_★★★★★★ 

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  ↓_以下、まとまってないし、長いので、適当にスキップしてください。_↓


■sowakaのサンスクリット文字?←「サンスクリット文字」って理解間違ってるかも: 正確にはこれはデーヴァナーガリーって言う「文字」で、いわゆる梵字(シッダマートリカーって言う「文字」)とは違うことが解かっちゃいました。 下の方で、そもそも「文字」って何だっけ??? って話まで行っちゃいます。(後述) 

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स्वाहा

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■スヴァーハー (स्वाहा [svaahaa])は、密教に於いては真言(真言の意味は後述)の末尾に多く使われる言葉。一般には漢訳の薩婆訶(ソワカ)として知られる。
この言葉は本来、バラモン教の儀式において、天上の全ての神々に捧げられた供物の事を指していた。またそれ自体が神格化され、祭火の神アグニの妻の女神とも考えられている。 儀式の際には、供物を祭火に投じる時の掛け声としてこの言葉が唱えられた。この為、後には「スヴァーハー」は、願いが神々に届く事を祈る聖句とされた。(wikipediaより引用)

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■原音は「スヴァーハー」
漢字は音写ですので、訳者によって用いる漢字が異なるのはよくあることですね。地名のカタカナ表記が違っていることがよくあるでしょ?ニホン、ニッポン、ヤーパン、ジャパン、ジャポン・・・。このようなものですね。
さて、スヴァ-ハーですが、これは仙人(リシ)の娘の名前なんです。
「7人の仙人(北斗七星)に呼び出された火の神アグニは、仙人の7人の妻を見て欲情するが自制して森に入ります。ダクシャの娘スヴァーハーは、アグニに恋をしますが受け入れられず、仙人の妻らに変身して思いを遂げ、その精液からスカンダ(韋駄天)が誕生します。
のちにスカンダは、永遠にアグニと暮らしたいというスヴァーハーの願いを受け入れ、以来、火中に供物を投げ込むバラモンは「スヴァーハー」と唱えることとなり、スヴァーハーはアグニと暮らせるようになった」
以上のような説話がマハ-バーラタ(後述)に記されております。お坊さんも余りご存知じゃないようですよ。 □「ソワカ」は「スヴァーハー」、火の神アグニに恋をした天女の名前です。 (Yahoo!知恵袋_naka_photo00さんより引用)

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□ ↑ 『マハーバーラタ』(महाभारत, Mahabharata)は、古代インドの宗教的、哲学的、神話的叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のうちでも重視されるものの1つであり、また世界3大叙事詩の1つとされる。『ラーマーヤナ』と並ぶインド2大叙事詩の1つでもある。
パーンダヴァ王家とカウラヴァ王家の間に起った同族間戦争を主題とし、さらに様々な伝承やヒンドゥー教の説話、詩などが付け加えられて、グプタ朝ごろに成立したと見なされている。伝統的には作中人物の1人でもあるヴィヤーサの作と見なされているが、実際の作者は不明である。
原本はサンスクリットで書かれ、全18巻、100,000詩節、200,000行を超えるとされる。これは聖書の4倍の長さに相当する。 『マハーバーラタ』のうち『バガヴァッド・ギーター』は宗教上、特に重視され、また著名な部分である。(wikipediaより引用)

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( ↓ 大悲心陀羅尼について ↓ )(最後の部分に”そわか”がある)(陀羅尼の意味は後述)

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■禅宗でよく読まれる陀羅尼に、『大悲心陀羅尼』というものがある。禅宗で真言というのも違和感があるかもしれないが、中国から続く伝統らしい。 五種不翻というのがあって、①用語が周知の場合、②仏の秘密語である場合、③多義的である場合、④中国にない概念である場合、⑤言葉を尊重する場合とされている。陀羅尼が訳されないのは、このうち②の理由によるものだ。
しかし、梵文が手に入る今になってみると、漢字で音写されたものを、さらに日本人の読み癖で読むので、もともとの発音から大いに逸脱している。訛りに訛ったお経が、仏に通じるのだろうか。
以下、『大悲心陀羅尼』の最後の部分の、原文、漢訳、現在の曹洞宗での読み方、原文の読み方を並べてみた。

 ・ सिद्ध्यन्तु
 ・ मन्त्रपदाय स्वाहा॥ 
 ・ 悉殿都。漫哆囉。跋陀耶。娑婆訶
 ・ シテドー モドラー ホドヤー ソーモーコー
 ・ スィッディヤントゥ マントラパダーヤ スヴァーハー
梵文の原題が『青頸陀羅尼』となっている通り、仏教が説かれているのは最初と最後だけで、大部分がシヴァ神を讃える内容。
([http://www.tgiw.info/weblog/2009/10/post_616.html:title=寺日誌]より引用。)(我が家は一応?曹洞宗建長寺派らしいです。)

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( ↓ 梵字による最古の般若心経と佛頂尊勝陀羅尼 ↓ )(最後の部分に”そわか”がある)

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□東京国立博物館所蔵『梵本心経および尊勝陀羅尼』。梵字による最古の般若心経と仏頂尊勝陀羅尼が記された、法隆寺貝葉経。日本国指定の重要文化財。 (wikipediaより引用)

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( ↓ 佛頂尊勝陀羅尼について ↓ ) (最後の部分に”そわか”がある)(陀羅尼の意味は後述)

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■釈迦は、一切の悪業障を消滅する功徳のあるこの陀羅尼を授けたところ、夜に閻魔王が仏前に拝し、この陀羅尼を拝するものを守護し、地獄に陥らしめないと誓願する。
□佛頂尊勝陀羅尼(ぶっちょうそんしょうだらに)第十成就涅槃門 成就あれ 「そわか
(piicatsさんの[http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/indexZ.htm:title=HP]より引用)

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□ ↑ 尊勝仏頂に捧げられた陀羅尼として「仏頂尊勝陀羅尼」が知られる。これは、唱える事によって滅罪、生善、息災延命などの利益が得られるとして日本でも古くから知られ、多くの霊験談が残されている。特に百鬼夜行に巻き込まれた場合、この陀羅尼を唱えたり書き記した護符を身につけることによって難を逃れるという。

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□ ↑ 尊勝仏頂(そんしょうぶっちょう)、梵名ヴィキラノーシュニーシャ (विकिरणोष्णीष [vikiraNoSNiiSa])は、如来の肉髻(にっけい、頭頂部の椀状の盛り上がり)を神格化した仏の一種、仏頂尊の一尊。三昧耶形は独杵鉤(独杵金剛杵をあしらった鉤)。種子はコロン(hruuM)。
ちなみに梵名に含まれる「ヴィキラナ」とはサンスクリット語で「まき散らす」「(髪などを)振り乱す」の意味。 その霊験を以て、あらゆる罪業、障害などを粉砕する様を表現したものである。 ここから除障仏頂、捨除仏頂、摧破仏頂、摧砕仏頂などとも呼ばれる。
その姿は、胎蔵界曼荼羅釈迦院では装身具を身に着けた菩薩形で、右手は中指と薬指を曲げて胸に当てる。左手は蓮華を持ち、その華の上に独杵鉤が乗っている。一方尊勝仏頂曼荼羅では、菩薩形で両手を定印の印相にし、その上に独杵鉤の乗った蓮華を持つ。(wikipediaより引用)

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( ↓ 般若心経について ↓ )(般若心経の後半は呪文?であり、その最後に”そわか”がある)

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■『般若心経』(はんにゃしんぎょう、サンスクリット:Prajñā-pāramitā-hṛdaya प्रज्ञापारमिताहृदयसूत्र)は大乗仏教の空・般若思想を説いた経典の1つ。宗派によって呼び方は様々あり、この他に仏説摩訶般若波羅蜜多心経、摩訶般若波羅蜜多心経、般若波羅蜜多心経と言う。略称として心経。なお、漢訳には題名に「経」が付されているが、サンスクリットテキストの題名には「経」に相当する「スートラ」の字句はない。
僅か300字足らずの本文に大乗仏教の心髄が説かれているとされ、一部の宗派を除き僧侶・在家を問わず、読誦経典の1つとして、永く依用されている。
般若経典群のテーマを「空」の1字に集約して、その重要性を説いて悟りの成就を讃える体裁をとりながら、末尾に付加した陀羅尼によって仏教の持つ呪術的な側面が特に強調されている。
陀羅尼は雑密の呪文で、サンスクリットの正規の表現ではないため翻訳できず、仏教学者の渡辺照宏説、中村元説など、異なる解釈説を行っている。

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□以下は、代表的な流布テキストに句読点を施したものである。
>> 仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子。色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。受・想・行・識亦復如是。舎利子。是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。是故空中、無色、無受・想・行・識、無眼・耳・鼻・舌・身・意、無色・声・香・味・触・法。無眼界、乃至、無意識界。無無明、亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。無苦・集・滅・道。無智亦無得。以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖、遠離一切顛倒夢想、究竟涅槃。三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。故説、般若波羅蜜多呪。 即説呪曰、羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経 <<
なお、羅什訳・玄奘訳とも、「般若波羅蜜(多)」「舍利弗(子)」「阿耨多羅三藐三菩提」「菩薩(菩提薩埵)」及び最後の「咒(しゅ)」の部分だけは漢訳せず、サンスクリットをそのまま音写している。 また、玄奘訳とされるテキストには版本によって、字句の異同が十数箇所存在する。

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■般若波羅蜜多心経 唐三蔵法師玄奘譯
ガテー ガテー パーラガテー バーラサンガテー ボーディ スヴァーハー
掲帝  掲帝   波羅掲帝   波羅僧掲帝   菩提  僧莎訶
ぎゃてい  ぎゃてい  はらぎゃてい  はらそうぎゃてい  ぼじ そわか
往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ。
(岩波文庫 中村元 紀野一義 訳註より引用_「この真言は文法的に正規のサンスクリットではないため、決定的な翻訳は困難であり、参考のために、」との注釈あり)
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■『般若心経』は、最後のところで、
――― 呪(しゅ) ―――
を掲げています。すなわち、
《羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。》
とあります。これが「呪」です。
呪は、サンスクリット語で"マントラ"といい、簡単にいえば、
――― 真言 ―――
です。「真実の言葉」であり、「仏の言葉」です。
そして、仏の言葉はサンスクリット語です。釈迦はサンスクリット語で説法されました。
もっとも、学者の研究によりますと、実際に釈迦が喋っておられた言葉はアルダ・マーガディー語であって、サンスクリット語ではなかったといいます。
しかし、それがわかったのは明治以後の新しい仏教学の研究成果によるものであって、明治以前の人々は、釈迦は梵語(サンスクリット語)を使っておられたと信じていました。 で、釈迦の言葉、漢訳仏典においては中国語に翻訳しないで、そのまま唱えることになっています。
したがって、《羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。》といった真言は、サンスクリット語をそのまま漢字で音訳したものです。
本人であれば、ここのところはカタカナで表記するでしょうが、中国語にはカタカナがありませんので、漢字で音を表記したものです。 それ故、この部分は、漢字の意味を考えても無意味です。 まさにこれは音標文字でしかないからです。
では、《羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。》の元のサンスクリット語の意味はどういうものでしょうか・・・・・・?  じつをいえば、これは相当に崩れたサンスクリット語であって、よくわかりません。
ひろさちや「[http://www.koudou-t.com/:title=こだわりを捨てる]」(般若心経)より引用元

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( ↓ 呪文?について ↓ )(「咒(ジュ)」と「陀羅尼(ダーラニー)」と「真言(マントラ)」の関係がよくわかんない!混乱しているんじゃないかな???)

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■ 漢字:咒 / 異体字: 呪(正字)
■ 日本語:音読み
     - 呉音 : シュ / 漢音 : シュウ(シウ) / 慣用音 : ジュ
□ 日本語:訓読み
     - まじな-う、のろ-い、まじない、のろ-う

□(おまけ)字義、字音が等しい同一の字種でありながら、互いに異なる字体を有する文字を異体字と呼ぶ。異体字のなかで、規範として選ばれている字体を正字体と呼ぶ。 異字体とは、同一の文字観念を有する複数の字体であり、実際の使用される文章においては異体字は相互に置換が可能である。
正字体に対して異なる字体を異体字というのと同様に正字体も別の字体にとっては異体字であり、その関係は相互的である。漢字はその字形のゆれが大きく、また書体の変遷により異なる字体を持つことが多い。複数の字体が同一の文字について許容されることもあるが結果として別の意味が割り当てられ、その用法が区別されるようになるともはや別字となる(「吊」と「弔」、「著」と「着」、「句」と「勾」、「笑」と「咲」など)。
「協」と「叶」は本来同字の別体であったが、意味が分化し日本では「かなう」、中国の簡体字では「葉」の意になるなど国ごとの分化さえ見られる。(wikipediaより引用)

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■陀羅尼 (だらに)、梵名ダーラニー (धारणी [dhaaraNii])とは、仏教において用いられる呪文の一種で、比較的長いものをいう。通常は訳さず(不翻)サンスクリット語原文を漢字に音写したものを唱える。意訳して総持、能持、能遮等ともいう。
ダーラニーとは「記憶して忘れない」という意味で、本来は仏教修行者が覚えるべき教えや作法などを指した。 やがてこれが転じて「暗記されるべき呪文」と解釈される様になり、一定の形式を満たす呪文を特に陀羅尼と呼ぶ様になった。その構成は、多くの場合まず仏や三宝などに帰依する事を宣言する句で始まり、次にタド・ヤター(『即ち、この尊の肝心の句を示せば以下の通り』の意味。
一般には『タニャター』『トニヤト』『トジト』等と音写される)と続き、本文に入る。本文は多くの場合、神や仏、菩薩や仏頂尊などへの呼びかけや賛嘆、願い事を意味する動詞の命令形等で、思想上あまり深い意味は無い。そして最後に成功を祈る聖句「スヴァーハー」(『ソワカ』『ソモコ』等と音写される)で終わる。

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■真言(しんごん)、サンスクリット語:マントラ(मन्त्र [mantra])とは、大日経などの密教経典に由来し、真実の言葉という意。転じて仏の言葉をいう。真言は音が重要であることから、翻訳せず音写を用いる。漢訳では呪、明呪と訳される。
真言は密教成立以前から用いられており、古代インドから効能がある呪文として重視されてきた。真言を唱えることで、発願を仏に直接働きかけることができるとされている。真言宗では、心で仏を想い、手で印を結び、三返ないし七返声で唱える(三密)。
真言宗の「真言」はこれに由来するが、真言宗のみで使われるものではない。般若心経の最後にある「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」も真言であり、日蓮宗や浄土真宗などを除く多くの宗派で読まれている。法相宗では薬師如来への発願で頻繁に唱えられる。禅宗においても、消災妙吉祥陀羅尼や大悲心陀羅尼などが日常的に唱えられる。
なお比較的長い呪文である陀羅尼(だらに)は、長短の違いだけと誤解されることが多いが、その由来はまったく異なる。真言は漢字や梵字で書かれたものが伝わった。(以上wikipediaより引用)

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○真言とは、古代インドでは、マントラの訳語で、元来ヴェーダの祈祷句を指す。諸神の徳を唱える讃歌を指す。密教では、如来等の諸尊の真実にして虚妄ならざる言語、つまり聖なる真実の言葉の意味。
○陀羅尼とは、ダーラーニーの音写であり、保つという意味。記憶等を保持する力を意味している。
○明とは、知るという意味で、愚闇を除いて真理に通達する智慧のこと。
 ともに、仏の力を内に生み出す聖句という意味であり、同義語であるといえる。
 また、真言は、唱える中にあってこそ力となるものであり、意味の理解を目的としたものではない。
 基本的に古来の漢訳者も、音写として訳し、意訳しないのが通例である。
<参考> ソワカ・・・聖句の末尾に置いて、「成就あれ」の意味。 (piicatsさんのHPより引用)

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( ↓ ことばと文字について ↓ どんどん哲学的になってきちゃったぞ、 )
■もしかして、そもそも「サンスクリット文字」なんてものは無いのか? ← 無いみたいですね。 サンスクリットは「言語」、「言語」を表記する手段が「文字」なんですね、びっくり。 だから、複数の「文字」で、サンスクリット「言語」を表記されて残っているんですね! スンゴイあたりまえのことだけど、いままで全然気がつかなかった。大発見だ。

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■梵字、悉曇、梵語、サンスクリットなどの意味やその発展を検討([http://www.geocities.jp/nakada927/bonji/index.html#ank:title=リンク])
■デーバナーガリー文字(現代サンスクリット語を表記するための文字?)と梵字(サンスクリット語を表記するための仏教系文字?)が別にあるらしい??? ← 別なんですね。
■「梵字」って言う言葉、あくまで日本で使っている単語なのか? 漢字では「悉曇」って言うらしい。ややこしい、、、

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■梵語 - 仏教での伝播、日本での一般認識
仏教では最初、ヴェーダ文献の聖性を否定し、より民衆に近い水準の言葉で文献が書かれたため、サンスクリットが使われることはなかったが、大体紀元の前後を境にして徐々にサンスクリットが取り入れられ、仏教の各国への伝播とともに、サンスクリットも東アジアの多くの国々へ伝えられた。
日本は中国経由で、仏教、仏典とともにサンスクリットにまつわる知識や単語などを取り入れてきた。その時期は非常に古く、すくなくとも真言宗の開祖空海まではさかのぼれる。
実際に、仏教用語の多くはサンスクリット由来であり、例えば("僧"、"盂蘭盆"、"卒塔婆"、"南無阿弥陀仏"など無数にある)、"檀那(旦那)"など日常語化しているものもある。
また、経典のうち陀羅尼(だらに、ダーラニー)、真言(マントラ)は漢訳されず、サンスクリットを音写した漢字で表記され、サンスクリット音のまま直接読誦される。陀羅尼は現代日本のいくつかの文学作品にも登場する(泉鏡花「高野聖」など)。
卒塔婆や護符などに描かれる梵字は、サンスクリットに由来する文字である。(ただし、一般的なデーヴァナーガリーとは多少異なる悉曇(しったん、シッダーム)文字に由来している。) 日本語の五十音図の配列は、日本語のほうが子音の種類がずっと少ないという点を除けば、サンスクリットの伝統的な音韻表の配列にそっくり倣って作られたものである。(wikipediaより引用)

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□ 悉曇(しったん、Siddhaṃ)は、梵字の字母のこと。また、その音声。成就、吉祥の意味。(wikipediaより引用)
□ 梵字(ぼんじ)はインドで使用されるブラーフミー文字の漢訳名である。ブラーフミーは「ブラフマン(梵)の創造した文字」を意味する。また、単に「梵語(サンスクリット)を表記するための文字」とも解される。
インドでは紀元前後にセム系文字に由来するブラーフミー文字とカローシュティー文字の2系統がある。このうちの前者がグプタ文字から発達して6世紀ごろにシッダマートリカー文字となった。さらに7世紀頃ナーガリー文字に発達、10世紀にはデーヴァナーガリーとなった。
□今日の日本で悉曇文字(梵字)と呼ばれるものは、シッダマートリカー文字の一変種が仏教とともに中国を経由して伝来し、保存されたものである。数多くの梵字で書かれた文献が伝わっている。この頃のインドにまだ紙はなく、ほとんど貝葉に書かれている。シッダマートリカー文字は現在のインドでは使われておらず、現在、サンスクリットの筆記や印刷に主に用いられるのはデーヴァナーガリーであり、他にはインド南部でグランタ文字が使われている。
日本で梵字という場合は、仏教寺院で伝統的に使用されてきた悉曇文字を指すことが多い。これは上述のシッダマートリカーを元とし、6世紀頃に中央アジアで成立したと見られる。
日本には仏教伝来と共に漢訳された経典と共に伝来したが難解なために、文字自体を仏法の神聖な文字として崇めた。天平期には遣唐使や道璿、鑑真らの唐僧が悉曇梵語に堪能で、徐々に広まっていく。大安寺で唐僧仏哲と天竺僧菩提僊那が悉曇梵語の講義を行うと、日本人僧にも悉曇梵語の読み書きが浸透していく。
平安時代に入ると、最澄、空海らが悉曇梵語の経典を大量に唐から持ち帰る。彼らにより、真言として梵字は一般の人々の間にも広まった。 以上の経緯から、日本においては、梵字は単なる文字ではなく、それ自体に力がある霊的な神聖文字である、と信じられることになった。以下の記述はそうした考え方に従ってのものである。
種子:梵字(悉曇文字)は一字一字が諸仏諸尊をあらわしており、ひとつの梵字が複数の仏を表すことがほとんどである。これを種子(しゅじ)または種字という。一つの仏でも金剛界、胎蔵界で違う文字を使う場合もある(例:大日如来:胎蔵界:a/金剛界:vam)。(wikipediaより引用)

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■悉曇(シッタン)、梵字
お墓の卒塔婆や真言宗などのお寺の境内でみかける奇妙な文字を普通「梵字」と呼びます。梵語(サンスクリット語)を書くための文字という意味です。しかし、日本に伝わって使われている文字は、6世紀から9世紀頃に北インドで使われた「シッダ・マートリカー」と呼ばれる文字なので、日本でも正しくは「悉曇」と呼ばれ、文字だけでなくサンスクリットの研究自体が悉曇と総称されたりもしてます。
「シッダ・マートリカー」は、「成就した」(シッダ)「文字」(マートリカー)という意味の言葉ですが、字母表の最初に「シッダム・アストゥ」「成就あれ」という風に書かれることからこう呼ばれたのだというのが通説です。しかし、おそらくは、それ以前に使われていたブラーフミー文字が俗語を書くためには十分でも、古典語であるサンスクリットを書くためには不十分であった点を改良して「サンスクリット」(完成した)に対応する「成就した」文字になっていることを指して用いられた言葉ではないかと思われます。
この文字は、中国を経由して、奈良時代から日本の仏教僧にも知られていましたが、日本において本格的に学ばれるようになったのは、平安時代の初めに、弘法大師空海を筆頭とする入唐僧たちが、中国に留学して学び、多くの文献などを持ち帰って以来のことです。
悉曇の音韻論的分析から日本語の50音図が生み出されましたし、江戸時代には日本語との比較の視点を提供することで、国学の発展にも悉曇学は寄与しています。 しかしなんといっても、真言宗と天台宗を中心とする密教の流れの中で梵字に特別の意味が与えられてきたために、身近に多くの梵字を見ることができるのです。密教では、基本となる「あ」のような音(音素)に、仏や宇宙の要素(5大)などを象徴する特殊な意味を認め、それを書き表すには梵字を使います。たとえば「あ」は、始まり・本源・究極を意味し、仏としては大日如来を示します。
(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・国立民族学博物館協賛展示会[http://www.aa.tufs.ac.jp/i-moji/:title=HP]より引用。どうやらこれが日本の現代の研究の定説だね!)

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( ↓ そもそもインド系文字とは ↓ すごい! )(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・国立民族学博物館協賛展示会[http://www.aa.tufs.ac.jp/i-moji/:title=HP]より引用)

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20110227073052

文字は、本来、ある時代の特定の言語を表記するために考案された記号のあつまりです。たとえば、漢字は中国語、ブラーフミー文字はプラークリット(古代インドの言語)、アラビア文字はアラビア語というぐあいです。しかしこれらの文字が故地から遠く伝播し異なる言語を表記する場合、さまざまな問題に直面することになります。

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インド系文字とは、、、
漢字やアラビア文字のように強い政治的・宗教的な動機を背景とした伝播と異なり、インド系文字は、自由な経済活動を担った商人たちが行き来した海の道・陸の道を経由してひろがっていったと考えられます。これは文字通り「文字の旅」でした。そしてブラーフミー文字は、文字の規範としてではなく、合理的かつ実用的な文字体系としてアジアの各地で受け入れられ、必要に応じて独自の工夫がされました。そして王朝の興亡とともに、緩急さまざまな速度で、また思い思いの方向に、字体・字形は変り続けました。インド系文字の現在の多様性はこの結果です。見た目の形はずいぶん変わりましたが、子音字「カ」の上下左右に一定の母音記号をつけることで「キクケコ」をあらわすブラーフミー文字以来の基本的なしくみは、すべてのインド系文字で保たれています。なお、規範よりも自由と合理性の精神を背景に伝播したインド系文字には、その代償として、書道がほとんど発達しませんでした。
■そもそも「文字」って後世にできたものであって、「ことば」だけがもともとはあったんですね。そんなの常識か? 

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■参考:日本での口承
部民制(べみんせい)とは、ヤマト王権の制度:語部は、伴造(とものみやつこ)である語造(かたりべのみやつこ)氏に率いられ、朝廷の儀式の場で詞章(かたりごと)を奏することをその職掌とした。 (wikipediaより引用)

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